Sunday, November 4, 2012

Kizuna Japan

11月に入りました~
秋晴れな週末いかがお過ごしですか??

あたしはいくつかのことをしてきたので、まずはこちらから。


七ヶ浜町という宮城一小さな町でボランティアをしてきました。
田んぼと住宅地が交互になるように作られた海辺のこの町も、
4分の1は浸水して、家もさらわれてしまった被災地のひとつです。
1年8ヶ月も経っているけれど、高い瓦礫の山は積みあがったまま。
何も無くなった跡地には、新しい家がぽつぽつ建っていたりしたけれど、
田んぼは塩害のために米を作ることができず、漁業も再開できていない。
何よりも、四畳半二部屋らしい仮設住宅には慣れることができず、
閉所恐怖症やうつ病といったこころの病気のひともたくさんいるそうです。

あたしは恥ずかしながら、震災が起きても、
本当に自分の目の前の状況に精一杯で、
チャリティのダンスイベントを友達としたくらいで他、
自分の手で何もできていなくて、
今やっと、周りに目を向けることが少しずつできるようになったので、
何かしようと思ってバスでいくツアーに参加しました。

一人よりも二人、二人よりも三人、力を合わせれば、
本の一日でも、気持ちは形になって現れると思います。

友達をお誘いして一緒に東京から行きましたが、
同じ団体で45人、そして七ヶ浜ボランティアセンターには全国から述べ300人近く、
その日には集まっていて、
皆で広大な田んぼに落ちている今は瓦礫となってしまった遺物やごみを拾って、
田んぼとして使える準備をしました。

たった一日で、とか自分ひとりでは役に立たない、とかそういうことは全くないと思います。
ボランティアの手がいつでも、これからもずっと必要としているし、
みんなで力をあわせれば1ヘクタール(100メートル×100メートル)も30人で30分くらいでごみ広いできます。 
 地域の人が言っていたのは、日が経つにつれてだんだん忘れられていくことが恐いと。
大きな瓦礫がなくなっても、塩害で稲作が始められていなければ、生活はできないのです。
こころの病気から救われなければ、もとの生活はできないのです。
いろんな支援が必要だから、いつやっても遅くないと思います。
 ボランティアセンターでは、表面上、かなしさは全く見えなかったです。
むしろ、がんばろう東北、立ち上がれ日本の勇気と元気で、
辛さの反面これからも前を向いていこうとする活気で溢れていました。
こちらが励まされるくらいです。

全国や世界各地からの愛に溢れるメッセージがありました。
地震津波大国日本は再生を繰り返して、絆を深めてこれまでも歩んできたと思います。
決して悲しみのどん底に落ちてしまわない強さを発信していけるような国でありたいと思います。
またボランティアには行きたいし、3年目の来年には田んぼがきれいになって、
秋に収穫できるように願って、これからも応援していきたいです。